中国のアンサンブルについて - 二胡弦堂

 


 音楽のルーツを辿るというのはあまりに昔のことゆえ、よくわからないことが多いものです。中国の場合はシルクロード経由であるとされていて確かにそれは間違いないでしょう。人間そのものも、その方向から来たわけですから。そして敦煌に残されているような古代の音楽が中原に入ってきたとされています。それ以外にもう一つのルーツとして雲南省を挙げる学説も有力です。しかし雲南省もシルクロードの一部です。中国の北方と南方の音楽が違うもので、王朝時代から南北別に楽譜の編集がなされていたことを考えると2つの異なったルーツの存在は符号するように思います。現在、麗江がある納西族の音楽が江南絲竹のルーツとされています。

 現在、納西族は古楽会を設立し、楽団と本拠のホールを運営する成功した文化団の1つになっています。麗江は非常に有名な観光地ですので、この特質を活かし商業的に成功しています。しかしある学術雑誌が「納西音楽とは何物か?」という挑発的な論文を掲載し、古楽の保存ではなく商業的な演出に重きをおいた姿勢を批判したため、名誉棄損との告発でこれは後に裁判に発展しました。だけどショービジネスというのは世界中こういうものなんでしょうね。納西古楽会の演奏を聞くと、明らかに100年以上前の原住民がこういう演奏をしていたとは素人でも思わないし、まあこれはこれでいんじゃないかと思いますが、だけどぜんぜん違うものを提供しているわけでもないので、論文で批判する程でもないように思えます。そしてこれが東南アジア音楽のルーツでもあるらしいとも感じられます。そして雅楽のルーツでもあります。しかし江南絲竹から雅楽に至ったと考えるのは誤りです。江南地方は清代初期に民族浄化で全ての住民が殺害されたので、現在の住民はそれ以降に入植しこれまで数百年居住してきた民族です。どこかから移住してきたのですね。そうであれば、江南絲竹と麗江の音楽がそっくりでも違和感はないでしょう。現代の蘇州人が実は麗江人だったとすれば。

 これら東アジアから東南アジア一帯のアンサンブル音楽について挙げられる特徴はユニゾンで演奏されるということです。すべての楽器が基本的に同じ旋律を斉奏します。加花と減字を多用、装飾音も一部のパートに入れられ、それと音色の違いによる重なり合いの厚みで聴かせていきます。和声で音を重ねていく西洋の音楽とは構造が異なっています。5度や8度の音程が異なる楽器を使ったりもするので和声的な音の相互関係が必ずしもないわけではありませんが、和声中心で聴かせるものではないので、旋律がより強い力を持っています。そしてそれを活かす方法も多様なので楽譜に書き込めない技法がかなりあります。楽譜を見ただけではどういう音楽かよくわからないことさえあります。少なくとも音源がないと読み取れないことが多いです。演奏する場合は中国の旋律の扱い方について学んでおく必要があります。

 以下の譜例では、加花と減字を一箇所だけ示しています。主要な旋律に対して音を増やしたり減らしたりします。そういう箇所がたくさんあるのがわかります。古琴が演奏されるようになったのは戦国時代からですが、やがて漢代には琴と箫で合奏されるようになり、かなりの譜が見つかっています。查阜西によって研究され録音も残されています。写真は50年代に北京古琴研究会で簫の溥雪斋と演奏しているところです。簫で合わせられるなら二胡でもいけるだろうということで查阜西が蒋風之と残した録音もあります。


 全体で同じ旋律を演奏するといってもタイミングをずらして演奏する技法もあります。奏者が2人しかいない場合でも同じ旋律を2人で演奏し、時間軸がずれている演奏というものがあります。これはフーガのようなものではなく、意図的な誤差のようなものです。一方で完全に合わせなければならないものもあります。京劇の伴奏がその一例です。京胡に対して月琴は完全に同じ旋律をなぞらなければならず、それは装飾音も例外ではありません。音は完璧にタイミングを合わせて重ねる必要があります。

 西洋の場合であれば管弦楽曲においては特に、部分部分でそういうことがありますが、完全にユニゾンで通すことは稀です。モーツァルトのある譜を見ると合唱パートに注記があり、トロンボーンをユニゾンで重ねるようにとあります。しかしソプラノだけは重ねておらず、他の3声部に指定があります。ユニゾン独特の美が東西を問わず好まれていたことがわかります。

 中国音楽を複数人数で演奏する場合はこういった伝統を理解しておく必要があります。音は和声ではなく音色で重ねるものであること、装飾音や時間軸を使った外し方といったようなことです。中国音楽が和声を使わないわけではなく、5度と2度(7度?)は時々使われます。2度或いは7度は不協和音ですが、割と好まれる傾向があります。3度はほとんど使わないところがポイントになると思います。3度を使うと西洋音楽のようになるので、極力避けることになると思います。ということは対位法の概念もないということになります。和声はあっても和声の概念はないので、1つの旋律線が骨子となってそれに時々脇道に逸れたようなものが伴うのみということになります。それで絲竹(管弦楽)譜の中には1つの声部しか書いておらず、注記として笛子、二胡、三絃、琵琶で演奏されるといったようなことが書いてあるものがあります。譜を見てどのように演奏するかは各奏者の裁量に委ねられます。しかし過ぎ去りし巨匠たちの演奏を記譜したようなもので、各声部を分けて記載してあるようなものもあります。この例でおそらく最も有名なものは沈鳳泉による二胡二重奏「慢三六」です。沈鳳泉が第二声部を演奏し、娘さん(沈多米 上海民族楽団)が第一声部を演奏したmp3があります。の方はかなり行き渡っていますので容易に入手できます。二胡奏者が2人いて一緒に演奏に出かける場合、片方がニ泉胡を持っていれば全体が5度関係になるので、かなり手軽なやり方ではありますがこれだけでも厚みのある演奏はできると思います。

 中国音楽は低音を重視しない、いや、この言い方は語弊があるかもしれないですが(音響学的観点からはイコライザー ~ 中国音楽の再生と録音を参照下さい)、西洋のように低音楽器を入れることはなくベースライン自体がないですが、現代では必ずしもそうではありません。かといって使える適当な楽器としてはチェロぐらいしかないので、中華民族楽団にチェロを入れている例は結構あると思います。そもそも楽団というもの自体が西洋的ですが。大編成の楽団であればそれでも問題はないでしょう。しかし少人数だとどうなのでしょうか。西洋の楽器は音がどうしても大きいので、チェロがあまりに大きく出るようなら困ります。それで民楽系のチェロ、或いはそれっぽい楽器が作られたりしています。これらは音量は抑えめに作られている傾向があります。中国音楽において他の楽器と合わせやすいように作られています。そうしますと別の選択肢として西洋の古楽器、例えばビオラ・ダ・ガンバなどを使うという方法も考えられます。古楽器は音が小さいからです。しかしいずれの場合もコスト高です。需要がかなり少ないためです。ビオラ・ダ・ガンバが果たして中国楽器と合うのかということも確認の必要があります。チェロが合うのですから、合わないことはないとは思いますが。昔は大胡を使っていたこともあります。このような楽器が必要になるのは稀な例だと思うのであまり考えることもないとは思いますが、結構難しい、もともと無いところに足すわけですから当然なのだと思いますが、参考にしてみて下さい。