天上人について - 二胡弦堂

 


 先日ある有名な漫画を借りて読んでいたら、その中で「天上人」というのが出てきました。世界政府内の貴族のことで、横暴な振る舞いを特徴としていました。全然関係ないのですが、これを見てふと、1つのことを思い出しました。本稿Q&Aにはいろんなことが書いてあって、皆さんの中には中国人老師に習っておられる方もおられると思いますが、書いてあることを老師にも確認すると「違う」と言われることがあります。そしてまた戻ってきて弦堂に確認する方もおられます。その時にこの矛盾はどういうことなのか話題になるわけですが、そういうのは結局、本人が経験を積めばわかることだったり、どうでも良いことが多いですが、聞いている本人からするとどうでもいいことではないわけで、特に費用を要する購入に関わることであればなおさらです。だけど言うことは人によって違いますから困ります。ここで言っているのは微妙な問題の場合に限っていますが、どうしてこういう矛盾があるのか、中国独特の現象ですし、こういったものは大抵ネットに書けないので、それで曖昧になってしまっている側面があるのです。弦堂ではある程度話して後は自身で判断下さるようにご説明するのが一般的です。それで混乱状態でほっておくような感じになってしまい、そうするとそれに対してご質問もありますからさすがにこうした事柄は扱うのが億劫です。それで当たり障りない範囲で関係することを少し話しておこうと思います。こういうものは皆さんとしても知っておいた方が良いことではないかと思うようになったので書いておきます。

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 旅行してもわからないことはありますね。例えば先日ご質問があったのは「天然の蛇皮はあるのか」というもので、もしこれがなかったとしたら、おそらく二胡に使っている蛇皮はすべてベトナム産になるのかもしれません。養殖です。たぶんここからしか買えないと思います。中国は二胡製作についてはライセンス制で誰でも作れなくなっています。それは蛇皮の供給も管理されていることを意味しています。もう知っていることはそれぐらいまでにしておいた方がいいでしょうね。その他の産地で二胡に使っているのはビルマ産でこれは天然か養殖か今思うと聞いたことはなかったです。天然しかない筈です。気にしたことはなかったからですが、ベトナム皮より高価です。これは台湾の制作家も買っていますね。もう一つは雲南省です。これは天然です。弦堂はこの三箇所全部行っていますが(暇人ですね)、ベトナムはもう大っぴらに養殖していて、蛇レストランもありますが、ミャンマーと雲南はおそらくないし、表向きは蛇肉を食べていません。雲南では狩人を職人と呼びます。理由はわかりません。採ったらすぐに捌くからでしょうか。肉は食べる筈です。漢方にうるさい中国人が捨てるとは思えないですね。山に入って何週間も採れないことがあります。海ヘビは天然のみです。これは運動量が多いので陸蛇よりも良いものです。あなたはすでに多くを知り過ぎました。よく考えて下さい。これを多数の中国人が知っていたら皆買いたがるのではないですか。困りますね。金はあるんだから。さらに皆さんが弦堂以外のところに行って購入に及んだ時にこれらの知識を使って徹底追求してゆく、これも困りますね。本当に黙っておいてもらいたい、こうなるのだったら何もネットに書いてはいけないでしょうね。皆さんは鱗が小さい蛇皮は安物と思っていますね。薄いのはいけない、世の中、うそが多い、そういうことはあらゆるものを体験したらわかることです。弦堂が言っていることもほとんどいかさまかもしれない、ただ重要なのは「庶民の知識を理解して、それを標榜せよ」ということです。そして「自分ですべて確認せよ」です。

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