イコライザー ~ 中国音楽の再生と録音 - 二胡弦堂

 

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 コンソールは入力されたマイクからの信号をヘッドアンプで増幅した後、イコライザーで処理するようになっています。どんなに安価なミキサーでもそうなっています。コンソールはミキシングするものなので、複数のマイクから入ってくる様々な信号をミックスする時に信号が互いに干渉して馴染まないことがありますからイコライザーで折り合いをつける必要がありますのでこのようになっています。調整できる周波数は機種によって違い、2~5箇所ぐらい、通常は3箇所で固定、或いは選択できるようになっています。このようなものをパラメトリック・イコライザーと言い多用されます。他にグラフィック・イコライザーという周波数固定でたくさんの細かい帯域で調整できるというものもあり、ミックスの段階で音楽をかなり作り込む場合、その段階も制作の一部という場合に使われたりしますが特殊な扱いです。



 イコライザーはツボのようなものがありますから民族文化によって考え方に違いが出そうな面があります。70年代ぐらいからの中国製コンソールを観察すれば中華のイコライザーというものについて何らかの示唆が得られます。西湖牌のコンソール(上の写真では下の黒い方)では、音楽用と思われるストリップ(赤いつまみがある方)では1バンドのみのピーク(設定した周波数を上昇下降させる)で、設定数値は単に倍々です。200,400,800,1.6k,3.2k,6.4kHzです。音声ストリップ(黒いつまみだけの方)ではハイカット、ローカットがついていますが回路図がないのでどの周波数でカットしているのかわかりません(一般にあまりカットというのは言いません。ハイカットはローパスなどと言います。逆も然りです。ここではカットで進めさせて貰いますが)。西湖牌のこれより小型の別モデルでは周波数固定で2バンド(200,11kHz)のピークにハイカット(10.5kHz)、ローカット(50Hz)がついています。10kHzを超えた辺りはこの辺をピーキングで盛り上げてハイカットですぐに落とすといったことが可能です。特性が絶壁のようになるので、LPレコードの規格に合わせたものと思います。もう一つは200Hzがあります。西湖牌は中国音楽専用に作ったものではないかもしれないのですが、そのことは中華牌を見れば一層感じられます。中華牌(写真上の方)を見ますと、シェルフ(100Hz以下,10kHz以上)、ピーク(400,700,1.5k,3k,5.6k,6.8kHz)となっています。400~3kHzはともかく、それより上の5.6kと6.8kというのが不自然で、使いやすい定数の素子を持ってきてなんとなく決めたようには思われません。間隔もここだけかなり狭いような気がします。400Hzより下もありません。意図がなければ、このような数値は出てこないと思います。下の図で中央付近の色が変わっているところは二胡の大部分の音が集中している周波数帯です。イコライズポイントも示していますが、図で見ても5.6kと6.8kがかなり近いのがわかりますし、全体に高域寄りです。もう一つはハイカット、ローカットを示していますが、フラットな範囲に二胡の音がぴったり収まっています。もちろん二胡専用ではなくて、他の中国民族楽器、歌唱もありますが、いずれもこの範囲で収めて問題ないということなのだろうと思います。西洋楽器に関しては輸入物のコンソールがあるのでそちらを使うことで、機材を使い分けていたと思われます。





 中域に凝縮されたイコライズポイントの中で4kHz付近は避けられています。本来なら普通に等間隔に配慮すると4kHz付近は出てくる筈だし、戦前の米RCAのシステムではピークが4kHz付近にありますから重視する考え方もあります。ここは中国音楽では雑音と認識されるポイントですが、カットすると精気を失い、足すと雑音だけが強調されます。洗浄機のような生活機器の雑音も4kHz付近をピークに発生します。中国音楽においてはマイクのセッティングで対処するのがベストなポイントです。雑音というより一種の雑味ですが、こういう魅力は東洋独特でしょう。そこを外してあるというのは非常に興味深い点です。5.6kHzと6.8kHzは実際に音を確認しますと、中国音楽においてこのあたりはかなり重要であることがわかります。特にこの2つの周波数ポイントは絶好の位置です。もし5.6kHzよりも低くなったら音は硬すぎます。6.8kHzよりも高くなったら音は重くなり過ぎます。その中間は6kHzですが、3kHzの二次高調波は6kHzですので3kHzを使います。

 上のグラフは米国の古いユニットWestern Electric 755というスピーカーの周波数特性図で、400,700,1.5kは盛り上がって山になっています。中華牌コンソールのイコライズポイントと一致しています。戦前の上海の放送が米国の技術、使われたのが米国から輸入の機器だったので少なくとも戦前の上海の音に関しては米国の強い影響にあったのは間違いありません。その系統が中国で後々まで基準になっていたのであれば、中華牌コンソールのイコライザーが米国物と一致した周波数設定になっているのは十分に理解できます。シェルフで100Hz以下と10kHz以上を低減していくとWE755の特性図と大体一致します。80年頃ですからまだ国際的にはCDも出たばかりでメインはLP盤だったからだと思われます。当時の中国においてはメインはカセットテープですが、これもやはり10kHzまでで記録されます(それ以上の高域は落ちていきますがアナログなので曖昧に記録はされます)。WE755の波打った周波数カーブは美しい音の手本の1つです。設計されてこのようなカーブになっています。その技術が文革後にまで継承されていたことは中華牌コンソールを見て感じられます。そしてこのイコライズポイントを見て中国音楽録音のキモのようなものが感じられます。

 400,700,1500という数字はどのようにして出てきたのでしょうか。中国音楽では6kHzあたりを響かせると美しいということでしたが、3kHzも美しい、その半分の1500Hzも、さらに半分は750Hz、これは700ではなくて実際には750なのだと思います。その半分は375、ほぼ400です。もっと割っていくと48Hzになります。ほぼ50Hzです。商用電源の周波数です。商用電源はもう一つ60Hzがあります。この2つの倍音系列はズレがあります。60Hzの方は2k,4k,8k付近を通ります(下の表参照)。現代Neveのイコライザーは、まだ接点式のものがあるのでこれを参照します(右の写真参照)。Neveはユーザーが多いギターを考慮して8kHzがありますが、これはギターの場合は8kHzが美しく響くとされているからです。その二次高調波の16kHzも用意されているのは偶然ではありません。これは60Hz系列です。一方、中域は50Hz系列になっているので中華牌と同じです。これは単純に等間隔に並べたものではないと考えるべきでしょう。このイコライザーでは、中域は中国音楽にも使えますが、高域については低減して使う使用法になることが予想されます。WEが設計した755も倍音系列に基づいて、つまり特性図で盛り上がっているところはこれは倍音の響きです。ユニットに倍音を足してある、楽器のように響く設計なのだろうと思います。同じ米国でもRCA系は4kHz,8kHzの並びで、スペインが本場のギターはこの系列で響きます。60年代のモータウンが2つのずれたイコライザーを使いまわしていたのは近い周波数で干渉を防ぐ意味もあったと思いますが、おそらく倍音が理由でしょう。そうすると、イコライザーを設計する時に2つの倍音配列のうち、どちらを採用するか、或いは両方含めるのかという判断が必要になってきます。どちらか片方を採用すると合いにくい楽器が出てくるし、両方を含めると煩雑になりがちです。Neveが551を設計した数年後に発売したチャンネルストリップ 5035を見てみると(白黒図)、これにはメーカー発表で551と同じイコライザーが入っていますが、系列が60Hzの方に変わっています。551が出た頃にやはりブラックのチャンネルストリップで5051,5052が出ましたが、こちらのイコライザーは50Hz系列で、551と全く同じでした。ところで、二胡とギターという違う倍音系列の異なる楽器は合いにくいのでしょうか。結論は急ぎたくありませんが、何か違和感を感じることがもしあれば、それは倍音の響きをコントロールすることで改善できるかもしれません。数値を倍音系列に確実に合わせるよりも、端の境界付近にずらした方がツボが得やすいようです。5.6kと6.8kはその1つです。ギターは7.2k~8kHzでしたが、Neve 5035では56Hz系列で通しています。そうすると400Hzの設定に違和感がありますが、これは実際には450Hzあると思います。400Hzまで下げてしまうと合いません。

44 88 175 350 700 1400 2800 5600 11200
48 97 194 388 775 1550 3100 6200 12400
53 106 213 425 850 1700 3400 6800 13600
56 112 225 450 900 1800 3600 7200 14400
63 125 250 500 1000 2000 4000 8000 16000
75 150 300 600 1200 2400 4800 9600 19200

 Neveの他のイコライザー(他のメーカーで理論的に数値を設定している感じのものがないので偏って申し訳ないですが)、ホワイト系列のこれもチャンネルストリップで、中域はボリュームで指定は範囲内は自由、高域と低域だけ固定選択周波数になっています。

 低域で見えなくなっている位置は35Hzです。60,100,220Hzはわかるのですが、35Hzというのは倍音系列から外れた音です。利かしたくないが商用電源のハムノイズだけ消したいという趣旨と思います。60と220は60Hz系で、100は50Hz系です。高域も4つ選択できます。4.7k,6.8k,12k,25kHzです。4.7k以外は50Hz系です。35Hzと4.7kHzの2つの外れた音が含まれていることになります。Neveは何かとギターユーズを意識して8kHzを用意する傾向があるのに、ここでは用意していません。12kやその倍の可聴帯域超えの25kもわかるのですが、8kはありません。これは大型のチャンネルストリップなので楽器のように倍音が響きますから不要と判断したのかもしれません。60Hz系は用意していません。4.7kは75Hz系と思われます。Neveの70年頃に製造された古いチャンネルストリップ 1073では右図)、低域はここでもまた35Hzがあります。それ以外の3つは60Hz系です。中域は低い4つは50Hz系で、ここでも4.8kがあります。そして7.2kがあり、その上の10kは回路図を見ても記載がないのでこれはソフトウェアのスクリーンショットですから、後から追加したものかもしれません。一番下のロールオフ配列は75Hz系になっています。それと重なるように別のノブでも低域を操作できるので、これはパルテック型に似ています。倍音配列は音楽での"調"のようなもので、75Hz調は控えめで抑えた感じがあります。濃厚に出るのは50Hz調で、60Hz調は爽快感があります。低域では60と75系を合わせています。これは偶然ではないでしょう。中域は50Hz系で濃厚に出していくので、低域を軽くしたものと思われます。高域では60Hz系で7.2kを用意しています。4.8kHzは75Hz系です。おそらく50Hz系と60Hz系の楽器を合わせるアンサンブルで具合よくブレンドする必要があった場合、どちらかが75Hz系で歩みよって溶け込む為であろうと思われます。歩み寄りが必要かはその都度音を聞いてみないとわかりませんが、オプションとしてここを持っておくことで対応が広がるのではないかと推測されます。これはコンソールのチャンネルストリップなので、同じものがたくさん並んでおり、各種楽器の音をミキシングします。重要な楽器は50Hz系で押し出すことはあるだろうし、バックは75Hz系で抑えることができれば、音量を下げるといったやり方で引っ込める必要は無くなります。また4.7kHzは人間の声によく合うように思います。声といっても様々ですが、極めて優秀な楽器であるゆえ、おそらく声が合うのは比較的薄い感のある75Hz系かもしれません。落ち着きがあります。キャラは強くありませんが、品があるのでじっくり取り組むと75Hz系は好きになれそうな雰囲気はあります。音が全体的に混濁しないようにするための低域の60Hz,75Hz系の選択だろうし、よくよく見ると全体的に絶妙な配置なのではないかという感があります。周波数もこのように絞られていればスムーズに作業ができます。しかしおそらくこれは60Hz系の楽器とは相性はそれほど良くないでしょう。古い機器は個性が強いと言われますが、少なくともイコライザーに関してはそういう要素が大きいような気がします。現代のものは何でも合うように作ってあるか、倍音系列は考えて作っていないものが多いと思います。

 Neveは売却前の最後の年代に1081を放送局からの特注で設計しました(下の写真参照)。数値を見ますと音楽専用ではないということが感じられ、アナウンスも含めあらゆるユーズに対応できるようにしているようです。青のつまみは低域だけでなく高域も選択できますが、どちらかしか選べません。グレーのつまみ4つの左は高域、右は低域ですが帯域は青とほぼ重なっています。低域は1073と似ていますがしかし330Hzまで選べるようになっているのはこれはアナウンス用でしょう。高域は青と左グレーで綿密に網羅しています。中域はこれも2つに分けて細かく網羅しています。しかし最低域と最高域、中域以外の微妙な位置では値をずらしておらず、同じような数値で決めています。重なっているものを並べると、270 330 3.3k 3.9k 4.7k 5.6k 6.8k 8.2kとなっています。高中域は3つのつまみで関与できるようになっており、いずれも相互に割と決まった値の面倒を見れるようになっています。このうち、5.6kと6.8kは中華牌のコンソールでも押さえられていたポイントでした。そして他のモデルでは重視されていなかったものでした。それ以外では8k付近はギターで重視されるということでしたし、4.7kはボーカルの処理で割と重要なポイント、そして3.9kというとほぼ4kですけれどもWE755で見られた倍音系列で重視されていたポイントですし、あとは3kです、ですから重要なところをしっかり押さえているという感じはします。汎用のイコライザーともなるとこういう風になるのかもしれません。これだけ何でもできると選ぶものが多くて大変なので、もう少し絞られたものが作られる傾向があるのだろうと思います。一方で何でも十全に対応できるようにしたいということであれば、1081は参考になる数値だと思います。

 イコライザーの周波数は、抵抗、コンデンサー、インダクター(コイル)の組み合わせで設定します。つまりこれらの素子のバランスを変えれば、同じ周波数でも幾通りかの組み合わせが考えられます。素子は定数が決まっているので特注でなければ組み合わせは無限ではありませんが、自由に選択できるのであれば複数の選択肢があることになります。それでもイコライザーの回路において一般に素子の比率はなるべく一定に保つようにします。比率を変えると特性が変わるからです。その違いを利用した特殊なイコライザーがあります。米Western Electric(WE) KS16816です。インダクターとコンデンサーの比率を変えて15kHz以上をカットするのに4つのカーブを出しています。周波数固定なのに、カーブの違いで4種あるという極めて珍しいタイプです。高域をカットするのも単にある周波数から徐々に下がってゆくよりも、下がる前に一旦盛り上がる「肩特性」の方が音楽的なので、具合の良いところを4種から探せるようにしています。しかし、このようなカーブは多くのイコライザーで出すことができ、操作できる周波数が近い2つのノブがあれば可能です。その最も原始的なものがKS16816なのでしょう。現代ではマイクにこのような特性を持たせているものも多いですが、これはそれ以前の時代の機器でしょう。

 肩特性タイプで最も有名なのが、米パルテック Pultec EQP-1です。回路の基本設計はWEが特許を持っていましたのでライセンス供与を受けての生産でした。50年代に作られたものですが、あらゆるスタジオに納入されたという名機ですので、Pultec EQの歴史:60年間を歩む黄金の回路に紹介されています。下の方が最初に作られたタイプで、上が改良版です。一般には改良版の方で知られています。

 左端にバイパススイッチがあって、次に上2つ下1つの低音域の組み合わせがあります。下のノブで周波数を決定し、上の2つでブースト(上昇)、アッテネート(下降)します。これは普通はプラスマイナスに設定できる1つのボリュームで対応するところですが、Pultec EQP-1においては独立しています。両者のバランスは異なるので、どちらも同量使用したとしても相殺されてゼロにはならず、特性は波が発生し、設定周波数より高域にまで作用します。おそらくそのため、設定可能な周波数はかなり低く抑えられています。説明書には、上昇下降を同時に使わないで下さい、という注意書きがあります。しかし多くの現場では同時に使われていました。実際に操作しても現実にどんなカーブが形成されているかわかりませんが、音を聴いて具合の良い感じを探していました。例えば音に重厚感を加える場合、600Hzより低い共振点を探ります。しかし音は重くなります。スピードを求めようとすると厚みは失われます。しかし波を作ることでナチュラルな効果が得られます。がっつりした音が得られると同時に奥ゆかしさも醸し出せます。キレのあるシャープな、そして重量感もパンチもある、そして一歩控えた品もあります。いずれも相容れないもののように感じられますが、その全てを満たせます。それほど難しいものではなく、素人が適当に3つのノブを弄っても獲得できます。どうしてこういう結果になるのでしょうか。イコライザーというのは倍音の位相がずれ、音に滲みが生じます。エコー的な感じに聞こえ不快感があります。パルテックの波打ちはズレた位相を修正します。設定可能な周波数は、初期型では30,60,100Hzの3つです。30HzはおそらくNeveと似たような考えの極力低いところにポイントする意味合いで60Hz系ではないと思います。おそらく実際の数値はもっと高くてどちらかというと75Hz系だと思われます。100Hzは50Hz系ですから、狙いによって3種選べる仕様だったと思われます。50Hz系は重厚感がありますが、そのため100Hzまで上げて軽くしているものと思われます。しかし改良版では20,30,60,100Hzになりました。これは50,60Hz系を2つ持ったことになります。実際に音を確認してもそういう感じがします。特性は波打って不規則ですが、起点の共振点の特性は活かされています。右側は高域です。しかし低域の方とは少し違います。改良版では右上に3つの共振点が選べますが、初期型にはありません。初期型は10kHzで固定されています。これは下降するポイント(ATTEN)で上昇はできません。倍音系列とは関係ないLP,テープ時代の普遍的設定だと思われます。BOOSTの方はどこをブーストするかをKCSで選択でき、3k,5k,8k,10k,12kが選べ、改良型で4k,16kが追加されています。中央下のノブは高域上昇の盛り上がりの横幅「Q」を決めます。

 低域が100Hzで上昇下降を同時に行うとこのように波ができて、この図では1kHz付近まで影響を与えています。しかし説明書を見ると実機では3kHzぐらいまで影響しています。Pultecでは実際にはこの低域部分の波形はおそらく逆になります。上昇の方が強いためですが、このソフトではどうしてもできなかったのでとりあえずこのように出してみました。高域は10kHzで下降し、5kHzで持ち上げています。こちらはこの図の通りでほぼ間違いないと思います。このような波形はすでにマイクに組み込まれていることも少なくありません。マイクの周波数特性はメーカーが発表していますので、山の頂点がどの辺りかでそのマイクの特徴はある程度推測できます。
 説明書に記載されている原機のイコライザー部の手書図は初期型のものです。インダクターはタップが50mHと100mHの2つで、直列(150mH)と並列(33mH)も合わせて4種類のインダクタンス値を得ています。共振点は計算しますと、2905,5032,9039,11127,12390Hzでした。初期型は10kHzでカットするのですが、その付近に3種も集めています。8kHzと表記しているのは実際には9kHz以上あります。この辺りで上昇させると10kHzのカットは絶壁になります。このカーブを操作するために3種も用意しているという、かなり特殊な印象を受けます。絶壁特性によって中域にエネルギーを集めるのですが、具合を繊細に調整できるようにしています。これが早い段階で中国に入ってきていれば、おそらく中華録音の歴史は変わっていたでしょう。Pultecは最後までガレージメーカーだったので、選考対象にならなかったのかもしれません。

 右図はシーメンス Siemensが60年代に設計したW295Aイコライザーの低域の特性図です。このような肩特性が発生するように設計してあります。高域は別のイコライザーとの関連で後ほど見ることにします。さらに中域は周波数を設定できない、上昇下降のみしか調整できないノブがあります。これはメーカーが発表した図が見つからないのですが「a special tilt-eq」とだけ説明されています。スペシャル・カーブということですが、数学的に単純に狙った共振点を上昇下降するだけでは得られないカーブを必要とする理由があってのことであろうと思います。これはW295Aですが、他にW295、W295Bもあってこの2種はほぼ同じで中域は普通のピークディップ型になっており、周波数やこぶの高低も選択できます。Aだけスペシャルカーブになっています。パルテックはここからヒントを得たのかもしれませんが中域ではなく高域と低域を操作しますのでW295Aはやはり別物ということになります。Aはイコライザーの歴史上珍しいタイプだと思います。非常にツボを得た感触が得られる優れたものですが、視覚的にわかりにくいのでBで以前のタイプに戻されたのかもしれません。

 70年代に入ると、ジョージ・マッセンバーグ George Massenburgによってパラメトリック・イコライザーの基礎理論が発表されましたが、その研究に基づいて製造されたのがGML8200でした(下写真)。5段階で設定できるものですが、両端(赤と青)がシェルフで、1つ内側(黄と白)と同じ周波数帯で設定できます。これら(赤黄は~800Hz、黄白は400Hz~)は互いに担当帯域が重なっていますが、中央(緑、120~8kHz)でさらに手厚くカバーしています。過去のものは感覚に任せたようなところがありアコースティック楽器であればその方が良かったと思われますが、時代が変わってきてGML曰く「外科手術のような」設定ができるものが必要とされてきたのかもしれません。しかし根本はWE時代から変わっていません。

 高域或いは低域のカットだけを行うモジュールも存在します。しかも周波数をセレクトするだけで他には何もありません。加減すら調整させてくれません。これらは何に使うために用意されたものなのかわかりません。モジュールとしては大型で中身もぎっしり詰まって重いのに機能はほとんどないという不思議なもので、限定された目的のために限りなく音質を追求するものであったのではないかと思います。そのうちの1つ、左写真のTelefunken Tab W393には8段階のうち上は640Hzと異常な高さでローカットします。スロープは12dB/Oct固定ですが、これだけ急峻であれば肩特性が自然発生します。ですからカットしたそこの周波数は少し持ち上がったりします。高音の打楽器などでミックス時に下をバッサリ切るなどの用途が考えられます。他に考えられるのは、S.C.HPF(サイドチェーン・ハイパスフィルター)として使うというもので、これは全帯域にコンプを掛けたくない時に2チャンネルにわけてドライ(コンプを掛ける前の音)と低音をカットしたウェット(コンプを掛けた後の音)をブレンドします。このボタンが付いているコンプは結構あります。高域カットの同種のモデルは右写真のW394ですがこれは持っていませんので表板の様子だけご覧いただきますが、ツマミは上に付いています。そしてこちらは18dB/Octというさらに激しいスロープです。シェルフでカットするのは常用される機能なので、そこへクォリティが欲しいということで作られたものだと思います。

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