二胡の棹の断面形状は棹が曲がりにくくなるようにあのような構造になっています。どうしても弦のテンションがかかるので、その方向に曲がりがちです。それでも現代では構造の工夫でほとんど問題なくなっていると思います。
千斤を一般的な高さ(標準は39cm)よりも高くする場合も、棹は曲がりやすくなります。それは理由はお分かりになると思います。
古楽器は棹の断面が円形だったのでよく曲がっていました。曲がっていないものを探すのが大変なぐらいです。困ったものだと思って修理に出します。まっすぐになって戻ってきますが、しばらくすると元に戻るので、そのうちどうでもよくなります。しかしその過程で、まっすぐにしたら音が悪くなるという事実に気がつきます。気のせいかもしれないと思って複数把で確認しますがやはり間違いありません。それ以降、極端に棹がしなってきている、明らかに前傾しているとんでもない二胡でもそのままになっています。もちろん、音が悪ければ手放します。しかしこういうものが結構良い音が鳴るのです。初めから少し曲げておいた方がいいのではないかと思ったりしたこともあるぐらいです。
もちろん楽器は使用の便宜も重要なので、あまりに曲がり過ぎているのは問題だし、そもそも曲がっているのが良いのかという問題もあります。というのは、曲がった楽器の音が良いというのは、それは単に木材の組成が自然なところに落ち着いているからで、曲がっていることとは直接の関係はないかもしれないからです。
曲がりをどの程度気にするかですが、古楽器であれば気にしてもしょうがないですが、新琴はどうでしょうか。曲がっているのは絶対に良くないという老師もいるようですが、中国では色々にブレている二胡が販売されています。それはかなり厳密に見た場合ということなので、ほとんどまっすぐなのですが、それは改良されてきた工法によるところが大きいと思います。現代の楽器でも古材は曲がりやすい傾向はあると思います。それで棹の直線性にあまりに神経質になるようであれば、古い材は避けた方が良いでしょう。
長年使ってきて、棹の曲がりが気になってきたという場合もあると思いますが、それは本当に気にすべきポイントかどうかは慎重に考える必要があります。そもそも曲がってこない材というのは柾目かそれに近い材ですよね。基本的に音の良い材ではないんですね。根拠が見つからずに「曲がっている方が良い」などと極端なことを発言される殿方もおられますが、それでも恐らくそれは正しいし、多分根拠は追求すれば見つかるでしょう。弦堂は骨董で曲がっていない二胡を見たら無意識に触りもしないということがあります。だけどそれはまっすぐだからではなく、材が良くないからです。曲がっているのが良いとも言えないですが、こういうところを気にするぐらいだったら、もっと他に考えることがあるのではないかぐらいに思います。しかしそれも色々やったからわかってきたことで、最初は曲がっているのは「えー、いらんゎ」と思ってた、今から考えるとお恥ずかしい不見識ですが、いずれにしてもここは気にするところではないと思います。現代の楽器であればほぼまっすぐなので尚更です。
二胡の棹は胴と接している下の方に丸太の芯材がきて、上の方は丸太の外側になります。響きが上に抜けていくようにするためにこうなっていますが、そうすると弦軸あたりが比較的柔らかいということになります。それで千斤より上で曲がっているものが結構あります。曲がりを嫌うのであれば、全部芯材で作れば良いのですが、美術品ではないのでそういうことはできません。この棹の曲がりに対する考え方については恐らく現代でも一本化されていません。二胡の原型とされている朝鮮のへグムはまっすぐなものと大きく曲がったものが混在しています。どちらもそれぞれ受け入れられています。二胡は政府の方で規格が決められているので曲げたものはありませんし、曲がりを防止する工作まで行っています。これは左手の運指をスムーズにするため以上の理由はないと思われます。かなり曲がっているものは少しのテクニックを要するので扱いにくくなります。
ここまでご覧になってもまだ曲がったものが許せないという方もおられることと思います。注意は必要ですが、自分で直すこともできます。棹に蝋を塗ってコンロで炙り、少しずつ戻します。写真は呂建華が自宅の台所で中央音楽学院 田再励教授の二胡を直しているところです。方冠祥の印度紫檀です。直って棹を受け取った田教授は穏やかに「だいたい良いね」と言って静かに返します。もっと頑張れという意味です。呂建華はすぐに反発し「普通これぐらいだから」。田教授、再びじっくり眺めて「すごく良いね」と禅問答のようなやりとりを経て完了します。田教授に「曲がってても大丈夫ですよ」と教えてあげた方が良かったですか? それは難しいですね。非常にテクニックのある方なのでまっすぐの方が良いでしょう。室内では他の楽器を鑑賞するなどして間も無く帰られます。