決してそんなことはないと思います。プロのレコーデングでもDAで演奏している場合があります。しかし楽譜にはGDで指定があります。AEで録音されているものもあり、宋飞,朱昌耀,邓建栋,周维が録音しています。普通の標準弦で演奏可能ですがただ弦の張力が落ち音量は下がります。上海音楽学院・王永德教授はもし普通の二胡で二泉映月を演奏する時は长城弦を使うのが良いと勧めています。この弦は音程をAEに合わせます。
孫文明の作曲作品にも同様の指定が有る場合があり、F-C'が割合多いです。D-A'もありますが、千斤を外すよう指定があったり、D-D'などもあります。D-D'はやっかいで、通常弦が入手できないと思います。恐らく絹弦しかないと思います。G-G'に替えるとか対応すれば可能です。そうしてでも演奏したいと思わせる魅力が孫文明にはあります。
劉天華の特に初期の作品などは、G-D'を想定しているという見解がありますが、これはどうしてなのかわかりません。古い二胡は、すべてG-D'であったという考えに基づいているのかもしれません。しかし、劉天華の時代は、G-D'とD-A'が地方によって混在しており、必ずしも統一されていはいませんでした。少なくとも、現在の劉天華作品はすべてD-A'でチューニングされるようになっています。劉天華の師・周少梅の出身地はD-A'だったので、劉は最初からD-A'で作曲したと考える方が自然です。
阿炳の出身地・無錫は、この地の道士が二胡をG-D'にて伝統的に演奏してきたので、道士出身の阿炳も自作をすべてG-D'で演奏しています。彼の二泉映月の演奏を録音した天津音楽学校(劉天華によって設立され、後に北京に移転し、現在は中央音楽学院)の教授たちは、阿炳がG-D'で美しく演奏するので驚いたと言われています。それまでは、G-D'のような粗弦で演奏すると音が雑音だらけで演奏できないと考えてられていました。 持ち帰られた録音を天津で聴いた储师竹も演奏を聴いて驚き、採譜して楽譜を出版するときに論文の中でこの経緯について説明しています。(左の写真は、劉天華の6人の高弟の1人とされた储师竹)それでもG-D'はあまり演奏されなくなり、天津-北京流のD-A'で統一されていきました。
こうした地方の文化の違いによって様々な作品が生まれたり、チューニングを大幅に変えることにより、新しい作品を生み出すというようなことがなされてきました。それゆえ現在の、規格が統一された二胡では合わない楽曲もありますが、それだけの理由でこれら貴重な遺産を無視するのは余りにもったいないことです。ぜひ、今お手持ちのもので可能なら、できる限り融通を利かせて、様々なタイプの作品に接していただけたらと思います。