東京・秋葉原の万世橋にあります光舜堂さんにお寄りしましたら、いつも二胡の修理をやっておられます。持ち込まれた古い二胡の面倒をみておられます。こういうところはおそらく世界でここだけでしょう。大陸にはないと思いますね。向こうは工場送りになる修理品しか受けませんから。そこで本題の弦軸なのですが、回すのがとても硬いという問題が発生することがあります。これについて弦堂自身は全く気にしたことがありません。男性はほとんど気にしないのかもしれず、そうであれば楽器を製造している人たちも男性が多いのであまり考えられてこなかったということなのかもしれません。より神経質さを求められる状況においては一般には金属軸や微調整器を使うことで対応されていました。しかし光舜堂さんではそれを修理するという。
木軸であっても非常にスムージーな感触で回せるという・・。驚いたので話を聞いてまいりました。
弦軸を回して入れると、中の接触面で当たるところは光り、そうでないところは光沢が出ないので、光ったところをわずかに擦って削り、それを何回もやり直してピッタリに合わせます。大変そうではありますが意外とすぐに終わります。西野さんが使っておられるのは写真中の黄色の柄の物です。それから接触面を水で濡らし、土佐漆喰と小麦粉を100:5の割合で混ぜた粉をつけます。この攪拌はケーキで使用するような撹拌器で完全に混ぜる必要があります。そして緩やかに回して入れ、少し経ってそこそこ乾燥したら完了です。西野さんによると木材というものは徐々に乾燥して縮むのですが、木目の影響を受けるので均一に真円のまま収縮しないということです。もちろん最初に工房で削る時には旋盤のような機械を使うのでほぼ完全な真円にしかならないのですが、時間が経つと必ず微妙な歪みが出て、これが弦軸を硬くするということです。
そこで弦堂の方から「これは皆さんにお勧めした方が良さそうですね」と提案しますと既に幾つかの教室には提供されているとのことで、個人で作るのは難しいということでした。漆喰は土佐ものである必要があり、特殊なものなので一回の購入量は20kgということです。しかも作ったものは湿気が回ると使えなくなるから、せいぜい半年ぐらいで使い切らねばならないということでした。それは大変なのでどこかで大量に作って販売する必要があるのでは?ということになりました。その時は話はそこまでで一旦帰りましたが、翌日に西野さんからメールがあって、もう少し簡単にできるものを開発したとのことで、発表を控えて欲しいということでした。それでまた改めて伺うことになりました。
新しい方法はおそらく誰でもできると思われるので、施術方をここに公開することにします。公開は光舜堂さんから、さらに他の協力者、さらには大陸でも同時に公開することとなり、その日取りは2019.07.08となりました。あちこちで同様の説明が見られるかもしれません。可能な方は転載もして広げていただければと思います(許可などは不要です)。光舜堂さんの説明もご覧ください。
木軸の光ったところを削る工程はかなり丁寧な作業をする場合で、光舜堂さんのようなプロとして作業をするところではきちんと合わせますが、一般の方は面倒であればしなくても構わないとのことです。それから接触面に家具用のワックスを塗ります。これは写真例と同じものである必要はありません。一旦差し込んでなじませてから外して漆喰をつけます。これはどの漆喰でも構いませんので、少量ホームセンターで買うことができると思います。これをゆっくりと回し入れます。削る工程を省いた場合は、何度かやり直しますが、硬い場合はワックスを足し、緩い場合は漆喰を足します。まるでカメラレンズのヘリコイド(今は自動になってしまって無いのでしょうかね?)のような、プロ用音響コンソールのフェーダーのような、ずっと触っていたくなるような実に気持ちの良い感触を味わえます。今までの苦労はなんだったのかという、それぐらいの感覚があります。
西野さんは木工の専門家なので、それでこういうものを開発できたのですが、しかし専門家は世界中にいるわけで、今まで何でできていなかったのか? おそらく漆喰を使うというところで、こういう材料を多用するのが日本ぐらいだったという事情もありそうです。西野さんによるとバイオリン用のものは使えなかったとのことで、二胡には専用の対策が求められたとのことでした。最初のきっかけは朝鮮の弦楽器・へグムの弦軸を調整することだったようです。へグムはかなり太い絹弦を使用し、演奏中にも頻繁に調弦したりしますが、弦軸が硬くすぐに抜けてきたりするので一般にはプラスチックのパーツを内蔵しているとのことで、これを解決するために様々な調合を試す中で土佐漆喰を使うことになったようです。これを「ヘグム粉」と呼び配布されていました。しかし二胡はへグムほど強度は要らないと思われるし、それならばとより簡単な方向で再開発されたものです。西野さんはバイオリンの製作でも有名で、特に録音に適した楽器を作っておられます。優れた楽器が必ずしもマイクを通して優れているとは限らないのでそういう要望がある中で、ギターの材料でバイオリンを作ると大変好評を博し、かなりの受注を受けているとのことです。今や、管楽器の分野でも録音を意識した専用の楽器が作られたりしているようで、二胡でもそういうものが作れないか今後研究されるということです。面白いですね。
光舜堂さんの方から説明のチラシも出ています。