二胡の正統的なものは蘇州二胡でしょうか? - 二胡弦堂

 


 一応世間では、二胡は蘇州の発祥なので蘇州二胡が標準的なものと考えられていますので、そのように理解しておくのが無難だと思いますし、特に問題もないと思います。

 二胡という楽器はこれまで歴史的に様々な改良を経て現代に至っています。それでも蘇州二胡が正統的なものであるなら楽器そのものの時代の変化を超えて一本筋が通った、明確に「これこそ蘇州二胡」という特徴がサウンドに備わっている必要があります。もう少しわかりやすい言い方をするならば「蘇州製古楽器は須く蘇州二胡の音がしなければならない」ということになります。馬乾元は蘇州を代表する二胡ですが、これは古楽器の香りを残しています。古楽器の方はいろんなところで作られていますが、どれもある程度似たような傾向はあって、馬乾元はその要素を全部持っています。

 蘇州の音というものは、蘇州文化圏の音楽・江南音楽の伝統を受け継いだ音ということになります。江南人の方言は柔らかく穏やかでゆったりしており、彼らが古来より住んでいた地域の雰囲気も水路が張り巡らされ時間の進み具合が心なしかゆっくりに感じられます。その理由は、水路の上、船の上から言葉で伝達するのに穏やかな話し方の方が声が通りやすいからであるようです。全く同じ理由でイタリアのヴェニスも同じような話し方だと言われています。ところが一般に販売されている江南音楽のCDなどで聴かれる江南音楽のサウンドというものはどうでしょうか。かなり輪郭のはっきりした音で鳴らしています。柔らかく、西洋の表現を使うとレガートで鳴らすのではなく、メリハリをはっきり付けることが要求されます。弓は全弓を使い大きく鳴らします。それにも関わらず江南音楽が独特の穏やかさを持っているのは、一部の音楽的部品(打音など)を遅延させるような技法を使うからです。

 中国・北方(北京、天津)と南方(蘇州、上海)の二胡は琴托の形状が違いますが、南方は胴を六角で作り、北方は六角だけでなく八角も作ります。それで八角は北京二胡という認識があり、現代では確かにその通りなのですが、かつては六角も八角もどちらも南方の二胡でした。八角の古楽器は上海に結構ありますが、北方では見つかりません。都市によって使う二胡の形状が違うので、ある南方の街では八角を使っていたのです。上海の戯劇で六角が使われるので、自然と六角に統一されたのかもしれません。現代の二胡はせいぜい文革以降の歴史しかないので、伝統的な"正統な"二胡というものは存在しないと考えるのが正しいように思われます。六角であれ八角であれ、優れた二胡は優れているのでどちらでも関係ないのですが、特徴が異なるので用途を考える必要があり、ソロで演奏する場合は六角より八角の方が合うと思われます。それなのに蘇州二胡は六角なのでどうしてもこればかりが売れるようです。北京の工房でも六角二胡の注文が多く、八角二胡の要求は少ないと言われることが多いです。このような全体的な流れに何らかの明確な根拠があるとは思えない1つの理由として、プロの二胡演奏家が割と八角を好むという事実があります。時には全体の流れをみて判断することも良いと思いますが、二胡の形状の選択に関しては、自分が何を求めているのかという主観で判断することも必要かもしれません。