コンプレッサー ~ 中国音楽の再生と録音 - 二胡弦堂

 

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 通信はモールス信号から始まりました。この音を相手方に聞きやすい均一な音量で提供することは技術的に簡単でした。音質に対する要求もほとんどなく、利用も政府や軍関係で、とにかくクリアに聞き取れればそれで良しでした。しかし音声を送受信するようになりラジオというものが出て来ると、リスナーという顧客が満足する品質が求められるようになってきました。音量レベルが頻繁に変わるのは聞き苦しいので、ある程度レベルを揃える必要があることや、急な信号でリスナーのスピーカーを飛ばすような事故も避ける必要がありました。音声のスムージーな伝送を安全に行う機器が求められるようになってきました。そのため、一定以上の音量を抑制するリミッターが開発され、後に、効きがナチュラルなコンプレッサーも設計され使い分けられました。しかし真空管時代は一貫して音楽用ではありませんでした。トランジスタ時代に入ってすぐは同じでしたが、進取に富んだ人々は既に真空管時代から音楽にコンプレッサーを使っていました。デジタル時代に入り、今や使わないことは考えられなくなっています。

 1935年に開発された史上初のリミッター 独Telefunken U3は、1936年ベルリンオリンピックで使用されたPAシステムに、突発的な過負荷(マイクを落とした時に大きな音でスピーカーを壊すなど)から保護する目的で収められました。当時はまだモジュールとして構築されてはいなかったので単体では作られておらず、そのためほとんど現存していないとされています。1945年には改良されたリミッター U13、49年にはコンプレッサー U17、54年にボリュームが追加されたコンプレッサー U20、スタジオでも使用可能な技術的水準に達したとされるリミッター U23(製造はRohde und Schwarzで現在では高周波測定器メーカーとして有名)が設計されました。IRT(ドイツ放送研究所)はFM放送で全周波数応答可能なコンプレッサーを目指し、3年の歳月を掛けて開発されたのがTelefunken U73(公式スペックによるとアタック 0.5mS、リリース 1.5S)でした。このモデルはCDが登場した1980年まで製造され、カッテングマシーンの最終マスタリングコンプレッサーとして納入されていました。従って当時の欧州製レコードにはほとんどU73が通されているとされています。

 このうち、U23,U73は回路図が残っており、バリミュー管という真空管を使って圧縮しているものであることがわかっています。それ以前のU3,U13,U17,U20がどのような回路だったのか確認できていませんが、U13はバリスタ型(現代では「ダイオードブリッジ型」。本稿だけバリスタの呼称で通します)だったという話もあります。U3が登場してから米国でもリミッターが次々に開発され、大きく分けて3種類の圧縮方法がありました。最初に開発されたのは1937年Western Electric(WE) 110-A バリスタ型でした。同年のうちに、RCAは96-A バリミュー式を、Gatesは17-A ブリッジ型(本頁1つ目の写真)を開発しました。2つの並行したトランスの間にランプを点灯させて圧縮を行なっていました。やがてコリンズ Collinsがランプではなくバイアスをかける26Cを開発しました(左写真)。トランスの接続をたすき掛けすることで信号を相殺する逆相を得てそれをバイアスで操作するものでした。当時のカタログにもこの回路の特徴が示されています。コリンズは間も無くこの方式を採用することがなくなり、WEもバリスタ型を使うことなく、バリミュー管に移行しました。

 トランスによるブリッジ型は、トランスの影響が強いことからテープのようなサウンドになる特徴があります。おそらくCollins 26C(1937-41年)以降には設計されていないと思われます。動作自体は非常にスムージーでナチュラルな優れものでしたが、テープの性能を高めようと努力していた時代(実用化は1939-41年)にテープの音がするコンプレッサーは不要に違いなく、これが淘汰された理由と思われます。デジタル音源でもテープのようなサウンドに変わるので復活しても不思議はありません。現代ではまだ販売されていません。しかしメーカーは公開していませんが、おそらくNeve 542 テープ・エミュレーターは実際にはトランス・ブリッジ・コンプです。説明書によると、テープデッキの回路をそのまま搭載しており、テープヘッドに相当するところをトランスで代用、3基のトランスを制御しているとあります。そこでCollins 26Cの回路に戻ると、枠内に向かいあってたすき掛けになっているトランスが2基があり、図の右下にも制御するトランスが1基あります。右上にもトランスがありますがこれは位相反転なので関係ありません。真空管をFETに置き換えればそのまま移植できる筈ですが、NeveとCollinsの回路は少し違います。Neveはサチュレーション量を調整しますが、CollinsはOUTPUTボリュームです。全体の音量のバランスのみです。テープ・エミュレーターはソフトウェア、アウトボードに関わらず、テープそのものを使っていない時点でフェイクですが、トランス・ブリッジ型に関してはもうこれで十分というぐらい質感が近いものがあります。

 第二次大戦中にエストニア出身のレイン・ナーマ Rein Narmaは貨物列車で故郷から逃れ、行き着いた難民キャンプで米軍第一歩兵師団に無線技士として入隊、そのことによって戦後ナチスの軍事法廷・ニュルンベルク裁判の音響を担当しました。その頃に初めてドイツの音響技術に触れたと思われ、後に米国に渡り、ニューヨーク・ゴッサムでノイマンの代理店業務を行い、U47の正規改造を手がけていました。1959年にはフェアチャイルド社にて660を、そしてステレオのFairchild 670を開発しました。アタックタイムは最速で50mSと宣伝されていたようですが、実際には個体差はありますが200mS前後だったようです。ナーマはより音楽的であるためにはアタックが高速である必要があると考えていました。実際の切り替えは6段階のプリセットで(アタック/リリース)、1:200mS/300mS、2:200mS/800mS、3:400mS/2S、4:800mS/5S、5:200mS/Auto(トランジェント2S、マルチピーク10S)、6:400mS/Auto(トランジェント300mS、マルチピーク10S、常に高いレベルのプログラム25S)でした。ポジション5が最も良いようですが、バリミュー式の場合は戦前から、高速アタックに非常に長いリリースが好ましいとされていたので、ポジション5,6のようなプリセットが用意されたものと思われます。その上で広帯域になるように工夫したと思われ、ナーマは真空管とトランスの決定にかなりの数を試したとの言葉を残しています。これはナーマ自身の回顧によるとほとんど売れなかったようで、そのため今日現物を見ることは稀ですが、それでも最高の名機とされています。実際には30~40台が製造されたと言われており、価格は$1,495でした。現代の貨幣価値で日本円では150万円ぐらいになります。バリミュー式は他にも幾つか昔の名機が知られていて、RCA BA-6A,同 86-AL,Gates SA-38/39,ALTEC 436,CCA Electronics LA-1D,Federal AM864があります。クローンで最も普及しているのはManley Variable Muです。670は名機なのでManley以外にも製造しているメーカーもあり、そのうちの1つはウクライナ軍需産業出身の会社が製造しているHCL Varisで、現在製造は東南アジアに移していると言われますが、ガレージメーカーなので作っている人も来ており、ただ場所が変わっただけで製品は同じと言われています。

 ハンダゴテを握る方であればご存知だと思うのですが、フェアチャイルドというと半導体ですよね。これで世界支配しています。フェアチャイルドの当主はある意味、世界を知り尽くしています。軍事・産業・通信の全てが支配下にあります。そういう影の皇帝がレイン・ナーマのような一技術者を見た時にどう思うのか。優れた能力を持っているのだけれども、むしろそうであるがゆえに経済的なものも含めてあらゆる成功から遠いところにいます。だけど楽しそうです。当時の総帥シャーマン・フェアチャイルドはナーマに突然電話し、会っては「毎月予算を振り込むからそれで仕事をしてくれ」と言ったとされています。開発した製品の権利も一部彼のものになるように配慮すらされていたようです。ナーマがアンペックス Ampexから引き抜きを受けた時は、シャーマンは自宅にナーマを招いて一日かけて話し合ったようです。その上で「もしかしたら、行った方がチャンスがあるかもしれない」と言って送り出したと言われています。おとぎ話のネタにはならないが、内容はほぼおとぎ話という、シャーマンはナーマが好きだったのでしょうね。660コンプはそういう潤沢な資金的背景で作られたものでした。660の原型とされるRohde und Schwarz U23(Vacuvoxが復刻)より1チャンネルに使う真空管を倍に増やしています。お金があり過ぎて、あれだけ重い化け物コンプになったのでしょうか。あり得ると思いますね。なぜかコンプというのはそういう傾向があるような気がします。もっともっととやっていくとどんどん大きくなってしまいます。

 Altec 436のマニュアルの最初のページに本機の基本的な接続図が載せられており、さらに後ろの方にも発展形の図があるのですが、どちらも用途はPAです。放送の場合でも急なピークで音が乱れたり、スピーカーを破壊したりすることから保護するために使われていましたが、採用はPAよりも10年程遅れたと言われています。放送で使える品質に向上するのにしばらく時間がかかったことが伺えます。これを当時のレコーディングエンジニアたちが改造して音楽録音用に使うようになったので、1958年には入力ゲインコントロールを備えたALTEC 436Bが開発されました。米モータウンではこのコンプをベースに使っていたと言われています。改造されて製品化されたものでよく知られているのは、米ビル・パットナムによるUA 175でした。私的な改造では、英EMIがビートルズのポール・マッカートニー(ベース)の求めによって制作改造したRS 124があります。

 ダイオードはバリスタ型ではないコンプレッサーにも多用される重要なパーツの1つです。1898年にSiemens&Halske社のKarl Ferdinand Braun(ブラウン管を発明。英国のマルコーニ Guglielmo Marconiと無線に関する共同研究を行い1909年にノーベル賞)によって発明された水晶ダイオード整流器が最初のものでした。ドイツがディスクリートでコンプレッサー/リミッターを設計した時に採用したのはバリスタ型で、1960年に設計されたSiemens U273(アタック1mS)でした。1963年には歪みが抑えられたTelefunken TAB U373(アタック1mS)が導入されました。バリスタ型コンプレッサーの動作説明U273のマニュアルには回路の動作についての丁寧な説明がありました(写真)。シーメンスはトークバックシステム(スタジオ内のインターホン)にもバリスタ型を採用しU274(アタック10mS)、テレフンケンは改良モデルのU374A(アタック1mS)に採用しました。ロンドン・ABCテレビでは当時PWM(Pulse Width Modulation)式のロンドンオリンピックでも使用された英Pye 6040を採用していましたが、かなり熱を持つという問題がありました。そこでNeveが1969年にバリスタ型を採用して2252、後に改良されたNeve 2254(コンプのアタックタイムは5mS固定でリミッターは100uSと1mSの選択可能)を開発しました。これはマイケル・ジャクソンのボーカルに使用されていたことでも有名です。発展形のNeve 33609も含めて今日に至るまで名機とされています。またEMIのスタジオ内で作られていたTG12413というモデルもバリスタ型で復刻されています。PYE 4060もロックシーンで好評を博し、同様のPWM式でドイツ系ではスイスEMTのコンプに採用されていました。

 シーメンスが設計したU273とU274はどちらもバリスタ型でしたが、異なった回路が採用されていました。U274はシンプルで、フィードバックされた信号をダイオードブリッジに通してバイアスを掛けていました。U273はフィードバックされた信号をプッシュプル方式でトランスに入力してからダイオードブリッジに通していました。U273Bではフィードバックされた信号をまずトランスに入力して正負の信号を得、その後プッシュプル回路に通していました。のちにテレフンケンが設計したバリスタ型は全てU273B型でした。シングルとプッシュプルはパワーアンプでも特徴がかなり異なるのはよく知られていますが、コンプレッサーの場合でも同じことが言えます。Siemens U273シングルは透明感のある清清しい響き、プッシュプルは重厚感のあるリッチな響きです。シーメンスがこの2つを同時に提示した理由はわかっていません。U274はトークバック用でしたが、後代にはトークバックであってもU273B型が採用されました。Neveが2252を設計した時にU273を参考にしたのではないかと言われていて確かに大まかな構成は似ていますが、しかし正負の信号を取り出しているのはリミッター部のトランスの出力だけでプッシュプルは採用していません。軽くした一方、コンプレッサーも別途内蔵させる2重構造になっています。サウンドには重厚感がありました。テレフンケンはU273B型を採用しましたがサウンドは現代的で、シーメンスのように真空管時代を強く想起させるようなサウンドではありませんでした。U274はある意味、シーメンス的ではなかったようにも思えますが、それでも懐古的な情緒はありました。Neveは2252から約半世紀後に535を設計します(これは現行で販売されています)。Neve 535は、Siemens U274と音がそっくりです。U274に-6dB(つまり半分)のドライ音(リミッターに掛ける前の音)を混ぜた音はU274のようです。しかし回路構成はそのままとは思われません。535のプリセットはU274より幅広く多様だからです。

 U273は幾つかバージョンがあり、U273とU273aの回路はほぼ同じです。しかしaの方が大きさが半分になっています。bとTAB U373aも少しの違いはありますが、基本的には同じ回路です。Siemens U27470年代はU273bとU373aの時代だったようですが、おそらく80年代に入って、TABがU273aを一部のパーツをNTPのディスクリート・オペアンプに変え、トランスはピカトロン製にして製造しています。U273aにTABと刻印してある謎のモジュールが存在します。ドイツ音響界の混乱期を象徴しているように思えます。この後、AEGの経営がおかしくなってゆき、やがて消滅します。

 ドイツの初期のモジュールにはB(リミッター)とK(コンプレッサー)が切り替えられるようになっているものがあり、Kはレシオが数種類選べるものもありました。しかし選択できるのはこのうちの1つだったので現代のコンプレッサーと同じでした。しかしNeve 2254は両方同時に使用可能でした。安全保護のリミッターを作動させておいた上でコンプを使っていました。どちらも別々にON,OFF可能でした。ミックスの段階ではリミッターは普通は切ると思うので、現代の2254クローンの多くはリミッターはついておらずコンプだけになっています。しかし両方使っていくオプションも使えると考えるエンジニアもいます。最終マスタリングで音圧を高める目的でリミッターは必要と思われるのでクローンの多くで省かれているのは理解できません。しかもリミッターの方がアタックが高速です。

UA1176
 PWM式は1uSという驚異的な高速アタックを持っていましたが、ビル・パットナム(経済的にあまり成功せず、生涯に4つの会社を興しています。UNIVERSAL AUDIO、Studio Electronics、UREI、Teletronics)が採用したのはFETというトランジスタの一種でした。これはアタックが20uSと若干劣りますが(それでも驚異的な速度ですが)、真空管に近い特性と言われるFETを使ってUniversal Audio 1176(1967年)を開発しました。製造の歴史の中で一貫して同じパーツが手に入らなかったことでマイナーチェンジを繰り返しており、リヴィジョンで分類されています。Rev.Aから僅かの変更で継続されたRev.ABまでの最初期のタイプ216台が外観の特徴から「ブルー・ストライプ」と呼んで珍重されており、出力はA級(シングル)、サウンドは岩のような質感のパンチの利いたクセ物です。Rev.ABでは一部を変更して安定性を増しています。中期のモデル(Rev.B~E)でRev.Bは外観はブルー・ストライプのままでしたが、プリアンプとラインアンプに使っていたFETをトランジスタに変えています。Rev.C以降はローノイズ仕様(LN回路搭載)、外観が真っ黒なので「ブラック・フェイス」と呼ばれています。Rev.CはLN回路の特許が取得できていなかったのでエポキシで固めて別モジュールになっていましたが、Rev.Dで基板上に移動し、Rev.Eは220V(欧州電源仕様)が追加されました。C~Eはほぼ同じ回路です。後期(Rev.F~H)からは出力アンプをAB級(プッシュプル)に変更しました。Fはサウンドに重厚感が加わり歪も非常に減った色付けの少ないクリーンなサウンドでした。しかしDiv.Gは入力トランスを省いて差動回路に変えたことで、盛大な倍音を取り戻しています。Div.Hはほとんど改定されておらず、外観がアルミむき出しで「シルバー・フェイス」と呼んでいます。ヴィンテージはここまでで、現代のUAが正規で復刻しているのはEあたりを参考にしたものです。中期のものが代表作とされています。1176はおそらく最も普及したコンプレッサーでクローンも含め、これを置いていないスタジオはないのではないかというぐらい高い評価を受けています。そのため商業録音の多くに起用され、YouTubeなどで音の比較がありますが、一聴して誰もがすでに知っていると知覚する音です。むっちりと艷やかに音像が浮かび上がり高級感を増します。この中でヴィンテージ、正規の現行品、クローンといろいろあって多くの議論がなされています。プロスタジオの採用率が高いのはDiv.Hあたりで、これは入手性とか金額などは関係なしにこれが一番良いとして評価されているケースが多いようです。1176はどのモデルも東洋音楽には合いにくそうです。

Siemens U273B
 同じパットナムの会社からは真空管を使うも圧縮は特殊な光学素子で行うTeletronics LA-1(1958年)が開発されました。ジム・ローレンス James Lawrence Jrが米軍でICBM 大陸間弾道ミサイルを制御するために開発した光学素子を音響に応用したものでした。1962年にはさらに改良されたTeletronics LA-2A(最速10mS)が発売されこれを以って現代でも名機とされています。光学式コンプレッサー真空管バリミュー管も球の中の天然作用でコンプレッションしますが、光学素子も天然作用を利用するのでアタックは遅いですが、用途によってはこういう自然な方が音楽的であるとして愛されています。光学素子はその素子さえあればコンパクトな回路にできるので、真空管とは違い使い勝手が良いということで結構な製品が出ています。

 やがて1970年代には新しいVCA方式のコンプレッサーが米dbxから発売されました。dbx 160です。これは普通の増幅回路を設けてそこに制御信号を送るというものです。VCAコンプレッサーこれ以降、開発された多くのコンプレッサーはVCA式になりました。有名なものでは英SSL(Solid State Logic)のBass Comp、米API 525Cなどがあります。高速でがっつり効きますが、その反面、ナチュラリティに欠けるし、音も痩せやすいので音楽的なVCAコンプの設計は容易ではありません。上記のdbx、SSL以外にNeve,APIなどよく知られた有名なメーカーのものが結局は最良と言われる傾向があり、自然でサウンドもむっちりしています。

 その他の方式では、特殊なものとしてバクトロール Vactrol素子というものもあります。リンギングという反響が出るので、シンセサイザー音楽など特殊な用途でしか使われていません。

 コンプレッサーの方式をまとめるとこのようになります。

バリスタ ダイオードの組み合わせで制御(ダイオードブリッジ型)
Vari-Mu管 Vari-Mu管という真空管を使って圧縮
ブリッジ 2つのトランスをたすき掛けにして制御
PWM パルス幅変調
FET 真空管の特性に近いトランジスタ
光学素子(オプト) 光学素子が発する光で制御
VCA 電圧を制御する新しい方式

 名機とされている機器はほとんどがコンプレッサー初期の製品で、その特徴はとにかく応答速度が速いということです。極めて高速のアタックを持っています。本来放送局などがリミッターとして使う用途だったので、とにかくしきい値ですぐに効くものが求められていたからでした。やがて世間がコンプの掛かり方に慣れてきて善用するようになってきたのでアタックの速度は段々求められなくなってきたのかもしれません。それでも初期の高速タイプは今でもスタンダードです。

 YouTubeなどでFairchild 670の実機(ソフトウェアモデリングではなく実機)の検証をやっているものが複数ありますので、真空管式のサウンドがどのようなものか把握することができます。静謐感、そこから泉のように沸々と湧き出すような瑞々しいサウンドです。個性や音質の議論を超えた魅力があります。Fairchild 670は数十本の真空管、多数のトランス、重量は30kgという正に化物ですが、とにかく原音を損なわず忠実にという方針であれば、当時としては大型化はやむを得なかったと言われています(今でも?)。しかしより回路が簡潔なTelefunken U73やALTEC 436も似たような傾向の音は得られます。似ているのは音にも重みがあることです。低音が出るということではなく腰が重い感じです。しかしいずれも特徴は異なります。436はビートルズ、モータウンなどがベース専用に使っていました。一方、670はどの帯域でも余裕があります。コンプレッサーは全帯域をコンプレッションすると低域で歪みが出やすかったり過剰に反応したりしますのでS.C.HPFでカットしたりします。しかしこれら真空管式では低域でも滑らかです。真空管式コンプレッサーに絶対的優位性があるとすればここなのかもしれません。

 ドイツのモジュールでコンプは高額なので手が出しにくいですが、トークバックモジュールならかなり安価で購入できます。U274,U374Aです。アナウンス用なのですが二胡とは結構合います。本来声用なので当然ボーカルとは抜群に合うのですが、あまりに効き過ぎます。あまりに合い過ぎるのも、過ぎたるは及ばざるが如しという感じがします。大きな問題としては演奏技術が高くないと良くも悪くも全部はっきりしてしまい、余程のプレイヤーでないと使用が躊躇われるということです。とにかく声を非常に聴きやすくする趣旨のものなので相当な解像力です。デジタル的精細さではなく、リアリティが増し過ぎるのです。しかし何もかも艶っぽくしてしまう毒リンゴ的魅力に抗し難いのも確かです。素晴らしい静謐感を加えることができます。霊感に満ちた音というと気持ち悪いかもしれませんが、気配がリアルに録れる、そして音が実態感を伴って迫ってくるという事実に感銘を受けることができるでしょう。弱音が明瞭に聞き取れます。時代的に後代の80年代のものですが、Neumann U475のグラフがわかりやすいのでトークバックの特性を確認します。



 ブルーのところでコンプレッションし、緑がスレッショルドで、トークバックモジュールなのでこれだけしかありません。赤の部分で20,21ピンを繋ぐとC22コンデンサーがバイパスされ、低域がカットされずフラットになります。音楽で使う場合はC22をバイパスして使えるようになっています。デフォルトでは、ドイツが考えるトークバックの相応しい特性を見ることができます。低域は300Hzぐらいでカットしており、高域は8kHzあたりを6dB程も持ち上げています。

 U475は音楽用でも使えるようになっていますが、これ以前の古いモジュールはトークバック専用なのでウェット(モジュールを通した音)とドライ(モジュールを通していない音)のブレンドは欠かせません。100%通した音は使えないと判断される状況が多くなると思います。Siemens U274ブレンドすれば繊細感と透明感を維持したまま、むっちりした迫力も得られます。

 U274は改造拡張のノウハウが知られており、写真のようにアタックを2,4,6,10mSで選択できるようにできます(灰色ノブ)。U274はかなり高域に寄り過ぎているか低域に反応し過ぎて潰しています。しかしそれによって高域の比類なき美しさを得ています。バリスタ型に関してはNeve 535のオフィシャル音源を確認したのですが、U274に約-6dBのドライ音を混ぜたものとほぼそっくりです。ブレンド用のノブがありますが、このバランスを調整するものだと思います。U274は使うマイクにもよりますので一概には言えませんが上海派の二胡など何故かブレンドの必要を感じないケースもあります。それでもU274はかなり攻撃的なのでツマミを増設できるなら便利です(写真例はできていません)。ウェット100%からの設定にすればトークバックにも使えます。

 低域の低下に関してですが、上海の古い音響用トランスの特性も似たような傾向を示します。下のグラフで上はホワイトノイズをそのまま出力したもので、下はトランスを通したものです。ホワイトノイズはオリジナルの状態で低域が概算で100Hzで10dBぐらいも上昇しています。それがほぼフラットになるということは-10dB、そうするとU475と同じということになります。この辺りが上海派の二胡でブレンドが不要な理由なのでしょう。二胡の製造段階でそういう音響特性で作ってあるということです。


 トークバック回路のトークバック以外の用法で有名なのはドラムにこれを使うことです。英SSLによるとかつてエンジニアがドラムに「シークレット・ウェポン(秘密兵器)」としてトークバックを使っていたとして、500モジュールで販売されているLMC+ Moduleは、トークバックアンプをマイクアンプに内蔵しています。ドイツのトークバックアンプSSLの表記でトークバックは「リッスンマイク」とあります。高域に寄ったペラペラに潰された音になりますが、攻撃的になりミックスにも馴染みやすくなります。この機能はSSLによる小型のミキサー・SiXにも搭載されています。

 モジュールはメーターが付いていない難点があります。ゲインリダクションは僅かに留めたいので視覚的な方が安心感があります。しかし元々メーターがないものはリミッターかそれに近い動作のものですから、メーターの必要性が感じられにくい効き方をします。どうしてもメーターを付けたくなる感じではなさそうです。デフォルトでメーターが付いているものはデリケートな効きでメーターの必要性を感じます。メーターがないものの中には、別ユニットのメーターとアッテネーターを接続する前提のものもありますが、こういうものをメーター無しで使用するのはやりにくいかもしれません。メーター無しモデルはドライ音とのブレンドは必須と感じられます。そうでなければ本来の用途のトークバック専用になります。ただ声を収録するだけにこのようなモジュールを使うのは贅沢ではありますが、一旦使うとやめられない快適さがあります。

 バリスタ型は東洋系に合うか、少なくとも東洋人に好まれやすいようです。「東洋の音」の項でOver Qualityについて書いてありますが、アナウンス収録用のサウンド・イン Qスタジオには、ヘッドアンプとイコライザーにOver Quality、コンプはAMS Neve 33609Nが置いてあります。Over QualityとしてはUR-76Sという1176系コンプレッサーを製品化していますのでそれを置かずに輸入品を使っているというのは意味深長です(UR-76Sは生産停止になる可能性もあるのでスクリーンショットも貼らせていただきました)。ということはおそらくですが実際にはQスタジオは音声の収録中心で考えているものではないかもしれません。用途としては和楽器系を想定していると思いますね。バリスタ型に関しては現行の33609で満足されていて、FETは満足するものがないので自社開発したのかもしれません。33609オリジナルの販売先は当時から日本が一番多かったらしく、ジャパンエディションなるものまで出されていました。Adgear UR-76S出来が良いということも確かにあったと思いますが、東洋系にはそのままで合いやすかったということだと思います。

 マイクの集音、特にコンデンサーマイクは忠実過ぎる故に音が散ったような不自然さがあります。和楽器でリボンマイクを使っていた頃はこういう問題は少なかったと思われ、コンデンサーマイクに変わっていった時にコンプレッサーの必要性が出てきたのかもしれません。しかしなぜか東洋では伝統的にトークバックか放送用リミッターぐらいしか作られておらず、音楽用としてはおそらく製造されていません。必要となった時に33609は当時ちょうどぴったりだったのかもしれません。バリスタ型はタイトで清潔なサウンドなので雑味の多い東洋楽器には合わせやすいし、この回路は一度大きくレベルを下げてからリダクションし後段で戻すのですが、これをトランスも含めて行えばトランスの色がかなり載ることになります。また信号を一旦小さくすることで、イメージとしては狭いトンネルを潜らせるような感じとなるため、ダイナミズムの大きな散った信号はあまり合わないのですが、ある程度の範囲で収まっている東洋楽器にはちょうど合う感があります。そしてコンプレッサーとリミッターが両方入っています。音圧を高めるのに理想的です。リミッターにも通せば、通すトランスも1つ増えます。

 コンプはあまりに強くかけると不自然になるので、数回にわけて少しずつ圧縮する方が良いとされます。それを一台に組み込むというFMR AUDIO RNC1773のスーパーナイスモードがあります。連結された3台のコンプを通すことでナチュラルさを得るというものです(実際はデジタル制御で3回回している)。本当に3台繋ぐと細心の調整が必要ですが、そこをボタン1つでONにしたらOKとシンプルにしているというわかりやすさです(RNC1773はAMEK System 9098のコンプ部を参考にし、ほぼ同様の回路構成と言われています。AMEK 9098はNeve設計による有名な製品の一つで名機とされています)。ですからコンプ/リミッターはたくさん持っていても邪魔になりません。

 コンプは使い方がよくわからないという人がいます。ソフトウェアモデリングを使うとわかりにくいです。アウトボードを使った経験がないと感覚的に掴めないような気がします。あまり明確な効果を主張するものではないので、わずかに効かせるためメーターで確認するぐらいです。耳ではわかりにくい程度しか効かせません。しかし音楽によっては強い圧縮が欲しいという場合があるかもしれません。その場合は安価な機材では難しいです。ボリュームをグリグリ回すと歪みまくるものが結構あります。これは我々のようなアコースティック楽器中心であれば問題にはなってきません。使える範囲がわずかでも、どっちにしてもそれぐらいしか使わないからです。場合によっては通すだけということさえあります。ですから、コンプはかなり評価が難しいかもしれません。確かな特徴もあるのですがソフトではわかりにくいです。しかし歴史的名機は決まっており、現行の機材もコピーとか受け継いだ系がほとんどで全く新しいものは稀です。気に入ったものが1つ見つかると、PA、録音で活躍すると思います。

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